織田信長公像

著名人に愛された木の実と果実(2)|歴史の一場面に現れたナッツとドライフルーツ

ナッツやドライフルーツは、古くから人々の暮らしの中にある食べ物です。

けれども、その足跡をたどってみると、ときには思いがけない場所に姿を現します。

19世紀の作曲家は、ナッツや干し果実の名前をそのまま曲にしました。戦国武将のもてなしや最期の逸話には干し柿が登場し、アメリカ建国の父は好物のピーカンを自らの土地にも植えています。そして、大西洋を飛んだ女性飛行士の携行食には、一握りのレーズンがありました。

小さな木の実や乾燥果実から歴史を眺めてみると、大きな功績や出来事の傍らにあった、意外な人物像や物語が見えてきます。

今回は、ナッツやドライフルーツが印象的な役割を果たした4つのエピソードをたどります。

ナッツとドライフルーツを曲にした美食家|ロッシーニ

19世紀イタリアを代表する作曲家、ジョアキーノ・ロッシーニ。

『セビリアの理髪師』など数々のオペラで名声を得た一方、食への並々ならぬ関心でも知られた人物です。

そんなロッシーニは晩年、少し変わった名前のピアノ曲を残しました。

作品集『Péchés de vieillesse』。日本語では『老いの過ち』などと訳されます。

その中に、

『Quatre mendiants et quatre hors d’œuvres』

という一組の作品があります。

あえて直訳すれば、「4人の物乞いと4つの前菜」。

ずいぶん不思議な題名です。

実は、ここにはフランスの食文化を知らなければ分からない仕掛けがあります。

フランス語の mendiant は「物乞い」という意味です。一方、カトリックには清貧を旨とし、人々からの施しを受けながら活動した托鉢修道会(フランス語では ordres mendiants)がありました。

そして南フランスでは、干しイチジク、アーモンド、レーズン、ヘーゼルナッツという4種類の木の実や乾燥果実も、『quatre mendiants(4人の物乞い)』と呼ばれてきました。

その由来としてよく知られているのが、修道服の色との取り合わせです。

それぞれの果実や木の実の色を、4つの托鉢修道会がまとった修道服の色になぞらえたと伝えられています。現在もプロヴァンス地方では、この4種類はクリスマスに並べる伝統的な「13のデザート」の一部です。

つまり、「4人の物乞い」という奇妙な名前の正体は、

干しイチジク、アーモンド、レーズン、ヘーゼルナッツ。

ロッシーニは、この古い呼び名をそのまま音楽にしました。

『Les figues sèches(干しイチジク)』
『Les amandes(アーモンド)』
『Les raisins(干しブドウ=レーズン)』
『Les noisettes(ヘーゼルナッツ)』

さらに後半の『Quatre hors d’œuvres(4つの前菜)』には、ラディッシュ、アンチョビ、ピクルス、バターが並びます。

まるで食卓のメニューを、そのまま楽譜に移したようです。

単に食べ物の名を曲につけただけではなく、古くから伝わる呼び名まで音楽の題材にしてしまった。

そこに、美食家ロッシーニらしい遊び心が感じられます。

信長が好み、三成が最期に断った干し柿

日本古来のドライフルーツともいえる、干し柿。

戦国の世を生きた二人の武将にも、この干し柿にまつわる対照的な話があります。

まずは織田信長。

信長は甘いものを好み、地元の名産だった干し柿も好物だったと伝えられています。

1574年、堺の有力な茶人・商人だった津田宗及が岐阜を訪れた際には、信長は宗及一人のために茶会を開き、美濃特産の干し柿を含む料理でもてなしました。

信長自身が飯のおかわりをよそったという記録も残っています。

戦や政治の印象が強い信長ですが、大切な客にはその土地の味を用意し、自ら世話をする。その席に、美濃の干し柿も並んでいました。

一方、干し柿を口にしなかったことで有名になった武将もいます。

石田三成です。

関ヶ原の戦いに敗れ、処刑を目前にした三成が喉の渇きを訴えたところ、干し柿を勧められました。

ところが三成は、

「柿は痰の毒だから」

と断ったと伝えられています。

ここでいう「痰の毒」は、毒物というより、「身体にさわる」というほどの意味合いです。

この逸話の核心は、その後の受け答えにあります。

「これから処刑される者が、今さら身体を気遣ってどうする」

と笑われた三成は、大志を持つ者は最後の瞬間まで命を惜しむものだ、という趣旨の言葉を返したといいます。

なお、このやり取りは三成と同時代の記録ではなく、後世の逸話集『茗話記』などに残された話です。

信長にとっては、好物であり、大切な客をもてなす土地の味。

一方、三成にとっては、死を目前にしてなお命を惜しむことを恥じず、大志ある者の心得を説いた――そんな卓然とした人物像を、後世にまで伝えることになった干し柿でした。

同じ干し柿が、二人の戦国武将のまったく違う横顔を今に伝えています。

ポケットのピーカンを、自分の土地にも植えた|ジョージ・ワシントン

アメリカ初代大統領ジョージ・ワシントン。

厳格な肖像画からは想像しにくいのですが、実は相当なナッツ好きだったようです。

なかでも好んだのが、北米原産のピーカンナッツでした。

フランスの植物学者デュモン・ド・クルセは、1782年にワシントン軍にいた兄から聞いた話として、将軍はいつもポケットをピーカンでいっぱいにし、絶えず食べていたと著書に記しています。

別のフランス人、シャステルー侯爵も1780年、ワシントンとの食事で印象的な光景を目にしました。

食後にリンゴと大量のナッツが運ばれてくると、ワシントンはそれを食べながら杯を交わし、二時間ほど会話を続けたといいます。木の実を好んでいた彼らしい食卓の一幕です。

さらにワシントンは、食べるだけではありませんでした。

1775年、フィラデルフィアから届いたピーカンを、自邸マウント・バーノンに植えています。

1786年にもピーカンを植え、その後も1794年、1795年と栽培を試しました。1794年には、ワシントンの依頼を受けたトーマス・ジェファーソンがフィラデルフィアからピーカンを届け、庭師には苗床へ植えるよう指示が出されています。

では、なぜそこまでピーカンを植えたのでしょう。

ワシントンがピーカンを好んでいたことは確かです。同時に彼は、新しい植物を取り寄せ、自分の土地と気候で育つかどうかを試すことにも熱心でした。

マウント・バーノンには、彼自身が「小さな庭」と呼んだ植物園がありました。そこでは種や木の実を植え、バージニアの気候に適応できるかを確かめています。ワシントンにとって農業は、観察と実験を繰り返す対象でもあったのです。

好物のピーカンを、自分の土地でも育ててみたかったのか。

それとも、農業家として「この木はここでも育つだろうか」と試してみたかったのか。

二つの気持ちは、案外それほど離れていなかったのかもしれません。

ポケットにはピーカン。

自宅の土にもピーカン。

「アメリカ建国の父」という大きな肩書の向こうに、好きな木の実を食べ、そして育ててみる一人の人間が見えてきます。

操縦席でつまんだ、一握りのレーズン|アメリア・イアハート

1932年、アメリア・イアハートは女性として初めて、大西洋単独横断飛行を成し遂げました。

現在の旅客機とはまったく違い、当時の長距離飛行では、狭い操縦席で何時間も機体を操り続けなければなりません。

食事にも、飛行士ならではの制約がありました。

イアハートが長距離飛行の食事に設けた自らのルールは、とても合理的でした。

疲れない程度には食べる。ただし、眠くなるほどは食べない。

そして何より、操縦しながら簡単に口にできること。

「パイロットには手が二本しかないのに、やることは山ほどある」という趣旨の言葉も残しています。

機体に積める重量にも限りがありました。

余分な衣類も、余分な食料も、その分だけ重くなります。イアハートは、大西洋へ墜落したときに豪華なサンドイッチがあっても慰めにはならない、といった彼女らしい冗談まで残しています。

そんな長距離飛行の食事に、ときどき登場したのが一握りのレーズンでした。

1932年の大西洋単独横断で明確に記録されているのは、トマトジュースと少量のチョコレートです。一方、彼女の長距離飛行では、レーズンや魔法瓶のココアを口にすることもありました。

一握りで持てて、調理も食器もいらず、片手でそのまま口にできる。

彼女自身が挙げた「操縦しながら簡単に食べられること」という条件にも、よく合います。

果実を乾燥させるという古くからの知恵が、当時の最先端だった飛行機の操縦席でも生かされていた。

その取り合わせにも、このエピソードの面白さがあります。

小さな食べ物から見えてくる、もうひとつの歴史

ロッシーニが曲名にしたナッツやドライフルーツ。

信長のもてなしと、三成の最期の逸話に登場した干し柿。

ワシントンが好み、自らの土地にも植えたピーカン。

そして、長距離飛行の操縦席で口にされたレーズン。

どれも、それ自体が歴史を動かしたわけではありません。

それでも、大きな功績や出来事の傍らにあった小さな食べ物に目を向けると、歴史上の人物が少し違った表情を見せてくれます。

食を楽しむ遊び心。客をもてなす心。最期まで貫いた信念。育てることへの好奇心。そして、未知の空へ挑むための工夫。

ナッツやドライフルーツに残された小さな記録からも、人が何を大切にし、どのように生きたのかが見えてくることがあります。

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SUNOMA JOURNALでは、著名人が好んだ木の実や果実のエピソードをはじめ、世界の珍しいナッツやドライフルーツ、シルクロードと果実の関わりなども紹介しています。気になるテーマがあれば、ぜひ続けてお楽しみください。

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